2026年9月29日

こんにちは。にじいろファミリークリニック、安田です。
2026年は残暑という残暑もさほどなく、どんより曇った空で秋雨が続いており、アウトドア派の人は迷惑を被っているだろうなと思ってしまうような天気が続いています。かの正岡子規は「秋雨や 障子にうつる 庭の影」と季節の情緒をうたっておりましたが、私はまだまだ雨に感銘を受けるほどの感性が無いようです。
この俳句に出てくる「庭の影」は当然、本物の木や葉そのものではないのですが、この平面的な影を見るだけで外の立体的な世界の存在を確かに感じ取れますし、なんか不思議な感覚になりますよね。
これと同じような事が「量子」という科学の世界でも起こってます。というのも、目にとらえられず、波か粒子かはっきりとしない不思議なミクロの世界があり、私たちは彼らを「量子」と呼んでおります。この量子が残した痕跡を解析して直接は見えないミクロ存在を逆算しているんでが、正岡子規の文学の視線とどこか響きあっている感じがします。
「量子なんて知らん!」と思う人もいるかもしれませんが、「量子コンピューター」ですとか、「量子メス」と言われる医学の重粒子線治療装置も、この「目に見えない量子の影」を完璧にコントロールする技術が確立されたからこそ生まれたものです。
重粒子線治療っていうのは「最もがんを破壊する力が強い放射線治療」として知られている医療技術です。今月(2026年9月)、量子科学技術研究開発機構が重粒子線装置の小型化に関する研究発表を国際科学誌に発表しました。最大約120メートルあった従来の重粒子線装置が約20メートルまで小型化できるのという内容で、これはつまり一般的な病院に収容可能なサイズまでちっちゃくできる、という事です。2030年の実用化(全国の病院への普及開始)が目指されているとの事で、これが現実になれば一般的な医療のレベルがまた各段に上昇しそうですね。
放射線治療のスタートは1800年代の終わり頃で、レントゲン博士が発見した「X線」という魔法の光が初めてです。目に見えない光が体を通り抜けると、骨の形を映し出してくれるっていう衝撃の発見は、やがて「体の中のがん細胞にぶつければ、細胞のDNAをズタズタに破壊して死滅させられる」という究極の武器へと進化する事になり、これが「放射線治療」の幕開けになりました。メスで体を切らなくても良いし、麻酔をかける必要もなく、ただベッドで横になって見えない光を浴びるだけで、がんが消えていく。これってかなり画期的で、人類が手に入れた「希望の光」だったことでしょう。
ですが、20世紀後半に入ると、この希望の光にはとある問題がある事がわかったんですね。というのも、「X線(正確にはガンマ線と言います)は、体の表面で一番パワーが強くて、体の奥に進めば進むほど弱くなっちゃう」という特性があったのです。これは例えば私のお腹の奥にがん細胞が潜んであったとして、ここにX線を照射しても、このX線は皮膚の表面とか手前の正常な胃や腸があるところでフルパワーが放出されててしまい、肝心のがん細胞に届く頃には、エネルギーを使い果たしてヘロヘロ状態(だいたい残り30%のパワーくらい)になっている、という事です。
これでは敵を倒したいのに、どうしても手前の味方が大損害を受けてしまいますので、世界中の医者や科学者たちは長い間激しく頭を悩ませる事になります。そして、皆おなじビジョンを持つ事となり、そのビジョンというのが「体の表面は無傷で通り抜け、奥深くにいるがんの真上ピンポイントで100%の爆発を起こすような『夢の弾丸』はないのか?」というものになるワケです。
1990年代初頭、千葉県にある「放医研(現:量研機構)」という研究施設の科学者達はこのテーマに対して「そうだ、重くて硬い『炭素の原子』を、光の速さの70%までブーストしてぶち込んでみようじゃないか!」というアイディアで挑みました。この炭素原子を「重粒子」と言いますが、重粒子の弾丸は体へ放射されると表面をスーッと傷つけずに通り抜けて「狙った深さで大爆発して消える」という、スナイパーのような特性をもっていました。この特性は「ブラッグ・ピーク」と言います。
こうして1994年、世界初の重粒子線治療装置「HIMAC(ハイマック)」が誕生しました。この効果は絶大で、他の治療で治らなかったがんが次々と消えていったんです。まさに「がん治療の救世主」の誕生でした。
しかし、正義の救世主には、「デカすぎる」という致命的な弱点がありました。実は炭素って粒子としては重たく、これを光くらい加速させるにはすんごいパワーが必要で、初期のHIMACは、サッカー場が丸ごと1個すっぽり入るくらい巨大だったんです。建設費は約326億円です。当然、だれも「おっ得~!」とか、「これは素晴らしい治療だ!我が街の病院にも入れよう!」とかは口が裂けても言えなくて、ごく一部の幸運な人しか救えない技術だったんですね。
ここからが日本人科学者の真価が発揮されます。そうです、「小型化への異常な執念」です。科学者達は「超電導」という技術をつかってスーパー強力磁石を作成し、これで弾丸の加速コースを小さな円形にする事に成功しました。これにより装置は「体育館サイズ(約40メートル)」にまで縮小し、建設費も100億〜150億円くらいになりました。
私ならこれでも腕組んで大満足ですが、科学者の探求心は時にゴールがありません。これまでの粒子加速とは別の技術を用いる事で、何メートルも必要だった加速スペースがわずか数ミリメートルに縮まり、装置の大きさは約20メートルに程になりました。これは病院のワンフロアサイズです。
科学者の執念は間もなく世界医療の歴史をひっくり返そうとしており、かつて300億円以上した「サッカー場サイズのがんの切り札」は街の総合病院の地下室に、数十分の一の価格でチョコンと収まる時代がやってきます。これには感銘をうけずにはいられません。