2026年7月14日

こんにちは。にじいろファミリークリニック、安田です。
先日、扶桑薬品(ふそうやくひん)の方が院内で勉強会を開いてくれました。「扶桑」っていうのは、日本を意味する雅称(美しい呼び名)です。医療業界では腎臓が機能しない患者さん対する「透析」と呼ばれる医療に必要な薬品を扱っている事で有名な会社で、点滴注射の薬品もおおく取り扱われているので、私は”点滴の会社”っていうイメージでした。
扶桑薬品では「セルニルトン」と呼ばれる前立腺の薬もつかっておられ、先日の勉強会はこのセルニルトンのお話でした。「へ~、これ扶桑薬品が扱ってるんだ~」って思いながら、興味深いお話を聞かせていただきました。
セルニルトンとは慢性前立腺炎や初期の前立腺肥大症に伴う排尿トラブルを改善させるための薬で、「植物エキス製剤」です。ライ麦やトウモロコシなど、南スウェーデン産の8種類の植物から抽出された花粉エキスをベースに作られており、比較的安全に使用できる事もあり一般泌尿器科診療では広く使われています。個人的印象ですが、特に慢性前立腺炎へ対する治療としての使用場面が多い薬です。
慢性前立腺炎っていうのは、男性特有の臓器である前立腺に炎症が起きたり、あるいはその周辺の筋肉や神経が敏感になったりして下半身に違和感や痛みを覚えたり、排尿のトラブルが出てしまう病気です。前立腺の病気って”加齢に伴う”って印象もありますが、20代〜50代くらいの比較的若い世代でも多くおられます。この病気は基本的に命に関わるものではないのですが、症状が良くなったり悪くなったりっていうのを繰り返すんで生活の質が下がってしまうんですね。
ばい菌が前立腺に居座ってしまう「慢性細菌性前立腺炎」っていうのもあるんですが、全体の90%以上が「慢性非細菌性前立腺炎」っていうばい菌が関係しない奴です。これは骨盤まわりの筋肉のコリとか神経過敏、血流悪化、ストレスとかが関係していて、長時間の座りっぱなし等も原因になると考えられていますので、前立腺の現代病的な立ち位置にいる病気という事です。
1800年代までは全然原因がわからなくて、拷問みたいな治療がされていました。先に申し上げますが、ちょっと気味の悪い話になりますので、嫌な方は読み飛ばしてください。
初期に盛んに行われていたのは「ヒル療法」というものです。当時は「あらゆる病気は局所の炎症が原因で、血を抜けば治るんじゃ!」的な考え方が医療の常識とされていたので、慢性前立腺炎でも前立腺の腫れをとる事を目的に股の間とか肛門の内側に直接ヒルを吸い付かせて血を吸わせていたんです。ちなみに、こんな事で前立腺から血は抜けませんので、やっている事は”かなり特殊なヒルの飼育”です。
他にも、股の間に刺激薬をぬって水ぶくれを作るという治療もありました(治療とはいいがたいですが)。これをすると水ぶくれがヒリヒリ痛むので、「そうすれば前立腺の鈍い痛みは忘れられるよね」的な意味で行われていました。単純に痛みがアップデートされているだけなので、解決にはなっていませんよね。
19世紀末頃には前立腺に電流を流したり、最終手段として精巣をとったりしていました。これらは現代では考えられない過激な治療ですが、本当にあった医療の歴史です。
20世紀に入ると、「もしかして前立腺に古い液体が溜まってるせいで痛みがあるんじゃない?」みたいな考え方になり、「前立腺マッサージ」という治療法が登場しました。これ、お医者さんに肛門から指を入れられて、前立腺をギューギューとマッサージするんですが、患者にとっては恥ずかしいし痛いし、という治療で、間違えると逆に悪化するという行為でした。
そうこうしていると、1940年代にペニシリンという抗生物質が医療界に登場します。抗生物質の登場は医療を大きく変え、「ペニシリン使えば何でも治る!」という感じの風潮が当時の医者界隈にはありましたので、当然慢性前立腺炎にも抗生剤がバンバンつかわれました。ですが、抗生剤はばい菌を倒す薬であり、先記のごとく慢性前立腺炎では90%以上がばい菌を関係ないタイプですので、全然効きませんでした。
こういった経緯で「何でも抗生物質の時代」は慢性前立腺炎の「大スランプ期」だったのですが、1960年にスウェーデンのエリック・アスク=アップマルク先生が民間療法をヒントに新たな治療薬を作りました。実はアップマルク先生自身も慢性前立腺炎に悩んでいた一人だったんですが、彼がある日スウェーデンに古くから伝わる”元気になる秘薬”を使ったところ、困っていた慢性前立腺炎の症状がみるみる改善したんです。今では”元気になる秘薬”っていうと、そこそこヤバい薬を想像しますが、当時のそれは植物の花粉エキスで作られていたんです。この自身の体験に感激したアップマルク先生は1960年にこの薬の有効性を発表し、正式な治療薬として認められるようになりました。これが「セルニルトン」です。
ある程度最近になってから、「これは前立腺だけじゃなくて骨盤全体の筋肉のコリとか神経とかストレスも関係している病気だ!」って事も分かり、治療選択肢も増えてきました。こういった観点から見ても、植物の力で、前立腺の血流を整えておだやかに炎症を鎮めるというセルニルトンの作用は、極めて現代的なアプローチを先取りしていたものだと分かります。生活の質を改善させたいのであれば、泌尿器科の門をたたきましょう。