2026年10月06日

こんにちは。にじいろファミリークリニック、安田です。
10月を迎え、街を歩けばすっかり涼しい秋の風が吹く季節になりましたね。朝方や夜は冷え込みを感じるようになりましたが、本格的な夏の時期に比べると空気が透き通ってくるような印象を覚えます。
当院の副院長は泌尿器科の専門医ですが、泌尿器科ではこの時期からとある相談事が増えてきます。韓国人医師であるイ・グァンソク先生は”Effect of Climatic Parameters on Acute Urinary Retention Incidence.”という論文で、アメリカ人医師であるジョセフ・ケラー先生は” Monthly variation in acute urinary retention incidence among patients with benign prostatic enlargement in Taiwan.”という論文で、いずれも「気候の変動と急性尿閉」に関する報告をしています。この「急性尿閉」っていうのは膀胱に尿がたまっているのに、急に自分の力で全く排尿できなくなるという、緊急医療介入の必要性が高い状態の事を言います。
というのも、10月って日中は暖かくて朝晩は急に冷え込みますので、「交感神経」っていう自律神経が過剰に働いて前立腺とか尿道まわりの筋肉をギューッと緊張しちゃうんですね。他にも風邪とか花粉症とかが流行りますが、ここで使われる市販の風邪薬とか花粉症の薬、咳止めとかに含まれる「抗ヒスタミン薬」、「抗コリン薬」の副作用が「尿閉」なんです。夏の間には水分を多くとっても汗をかいていましたが、この汗が減ると摂取した水分もそのまま尿になりますので、水分摂取量と汗のアンバランスでより一層トラブルに見舞われやすくなる、というワケです。
「尿路(尿が作られて出ていくまでの通路の事ですね)が閉塞するって、緊急性が高いの?」って思う人もおられるのですが、コレはなかなかヤバい事です。腎臓に対する負担がかかるとか、純粋に痛みが強いとか、そういった事も当然あるんですが、一番問題になるのが「泌尿器科的敗血症」と言えます。
「敗血症」っていうのは、体のどこかで起きた感染症をきっかけに、免疫システムが暴走してしまう状態を言います。本来はバイ菌を倒すための免疫細胞が、狂ったように自分の臓器まで手当たり次第に攻撃してしまうという、いわば体内システムのバグです。通常の敗血症であれば、主な原因は肺炎とか腹膜炎、皮膚の大きな傷などで、犯人(原因菌)も多種多様です。そして何より、「何日かかけてじわじわと、だんだん体調が悪くなっていく」というタイムスケジュールで進むことが一般的なので、医療者側もある程度、先手を打つ猶予があるんです。
ところが、これが「泌尿器科的敗血症」になると、ルールが完全に変わっちゃって、とにかく悪化のスピードが異次元の速さになるんです。
想像してみてください。尿管結石がカチッと尿管に詰まったり、前立腺肥大のせいで、おしっこの出口が完全にロックされたとします。すると、行き場を失った尿が腎臓のなかにパンパンに溜まり、バイ菌だらけの「汚水プール」が完成します。するとバイ菌たちは(スーパーエースは大腸菌です)信じられないスピードで大爆発を起こして増殖するんです。当然頑張っても尿が流れませんので、腎臓のなかの圧力はどんどん高まっていきます。そして圧力が限界を超えたその瞬間、プールに溜まっていた大量のバイ菌と、そいつらが吐き出した猛烈な毒素は、腎臓の細い血管をブチ破って、いっきに全身の血流へと逆流していくんです。
ふつうの通敗血症が「バイ菌がじわじわと血の中に染み出していく」イメージだとすると、泌尿器科的敗血症っていうのは「バイオハザードが発生した高圧ダムが、一瞬で大決壊して全身を飲み込む」っていうイメージです。これは少し前まで「ちょっと背中が痛いな、風邪でも引いたかな」なんて言っていた人が、数時間後に意識を失って、血圧がドカッと下がって命の危機に瀕するみたいな速度感です。この「予測不能な超スピード」こそが、泌尿器科医が何よりも発病を警戒し、夜中でも飛び起きて緊急手術に向かう理由なんですね。
1991年にウィリアム・モロイ博士が率いるグループは高齢者医療の意思決定に関する学術論文を発表しました。例えば静かな終末期医療の病棟があり、そこに老衰で無理な延命治療はせず、穏やかな最期を迎えようとしている患者さんがいたとします。ですがアメリカの大型連休(11月の感謝祭や12月のクリスマス)を前に、ひと足早く休暇を利用したて遠方のカリフォルニアあたりから実の娘が突如として飛行機で帰省してくるんです。彼女はベッドの上で衰えた親を見るとパニックを起こして、それまで看病してきた地元の家族の苦労を無視して、主治医に向かって「どうして治療をやめるの!?見殺しにする気!?あらゆる手を尽くして!」と叫ぶワケです。きっと、彼女の行動の裏には、これまで何もしてこなかったという強烈な罪悪感があるのでしょうが、現場からすれば、それまでの平穏な計画が、予測不能な大嵐によって一瞬で戦場に変えられてしまう瞬間です。これを「カリフォルニアの娘症候群」と言います。
ただの膀胱炎だと油断していたら、ある日突然「詰まり」をきっかけに10月の冷え込みと共にあなたの体内に突如として現れ、致命的な感染症で医療現場を大パニックに陥れる「泌尿器科手的敗血症」は体の中に現れた「カリフォルニアから来た娘」そのものなのかもしれません。「ただのおしっこのトラブルだから~」って寝て様子を見るのだけはやめましょう。
深秋の寒風と尿の異変、ブルブル震えるような高熱、そして背中の激痛を感じた人はくれぐれも相談に来てください。それは、体内ホラーの幕開けを告げる、娘からの連絡かもしれません。