2026年10月20日

こんにちは。にじいろファミリークリニック、安田です。
まだ日中は日が出ていると暖かく感じる気候もある一方で、夜間・明け方は冷えるようになってきました。「今年もあと3カ月を切ったんだな」というような、そんな感覚がじわじわとこみ上げてきます。
こういった寒暖差だとかで自律神経とか血圧に影響が出たり、気付かぬうちに水分不足になったりしますんで(夏ほど喉が渇かない人も多いんで、水分摂取が減って以外に脱水になるんですよ)、血液に流れに影響が出て「意識障害」っていう症状が出ることが増加してくるのが10月の特徴です。
「意識障害」っていうのは比較的おおく出くわす救急疾患と呼ばれるものの一つで、日本救急医学会では「意識とは、外界からの刺激を受け入れ、自己を外界に表出することのできる機能を意味する。意識障害とはこの認知機能と表出機能が低下した状態である」って定義されています。これは「まわりからの情報を受け取って、それに応じた反応を返す『脳のキャッチボール』を意識っていうんだけど、コレが上手くできなくなっちゃってるヤバイ状態を「意識障害」と言います!」という事です。
私が研修医で、まだほとんど”白衣をまとったド素人“だった頃、救急で熱心に指導してくれたK先生がおりました。この先生は黙って立っていれば強面な大男という方でしたが、お酒とアイドルが好きで懐が広く、博学篤志という言葉ピッタリと合うような人でした。
このK先生に、ある日救急車で担ぎ込まれてきた意識障害の患者さんの前で、「『アイウエオチップス』を10秒内にすべて答えてみなさい」と言われた事があります。「アイウエオチップス;AIUEO-TIPS」とは、意識障害の原因となるような疾患の頭文字をとって並べた語呂合わせのようなもので、これを意識すると目の前の患者さんに対して何をどういった手順で検査・治療していくかという事が明確になり、原因を選択肢のように想起する事で漏れなく見つけられるため非常に大切です。当然ですが、今の私なら8秒以内ですべて口に出す事が出来ます。
しかし、当時のド素人の私は到底10秒で言い切る事も出来ず、そもそも「あれ、Iってなんだったっけ?」状態だったので、30秒与えられても答える事は出来ない状態でした。K先生は答えきれない私に対して、嘲笑するわけでも叱喝わけでもなく、スラスラと答えた後に「では、明日までに覚えてきてください」と伝えられただけでした。結果としてその患者さんは脳出血がみつかり、脳神経外科の先生へ連絡して治療を引き継ぎます。その脳神経外科の先生もk先生で(区別のために小文字にしておきます)、診療がおぼつかない私に対して「K先生、あとは僕が安田をぶっ飛ばしておきますから大丈夫です」と冗談を飛ばして場を和ませてくれました。なぜかこの場面がかなり鮮明に記憶に残ってます。別に極端に感動したり、ショックでもなかったんだけど、その場面がすごく鮮明に記憶に残っている事ってありますよね。この場面の記憶はまさに私にとってのソレです。
現在私は循環器内科医です。しかし、これまで夜間の救急外来対応やドクターカーと呼ばれる医師同乗の救急車の乗車勤務などの場面で、この時の指導に大変助けられてきました。それに、「失神」という一時的に脳血流が低下して生じる循環器的評価を要する一過性意識消失があり、コレは意識障害とは別物なんですが、患者さんは「意識障害」と「失神」を多くの場面で混同されますので、意識障害でも循環器内科に相談に来られる人は少なくありません。
意識障害っていうのは大昔、病気というより「悪霊に取り憑かれた」ような状態と考えられており、閉じ込められた悪魔を出すために穴を頭蓋骨に開ける「穿頭術」という治療が行われた時代もありました。
その後、19世紀から20世紀に入ってからの医療は科学の力を手に入れ、劇的に進歩していきます。ここで科学者たちは、脳の神経が微弱な電気で動いていることを突き止め、20世紀半ばになると脳の深い所を刺激すると眠っていた動物がパッと目を覚ますことを発見しました。この深い部分の脳の事を「網様体」といって、これは現代医学で超重要な「上行性網様体賦活系」の発見につながりました。上行性網様体賦活系というのは電気のメインスイッチみたいなもので、脳が電球だとした電源スイッチとコードのような役割をしています。スタンドライトがつかないときって、電球が切れていないか、電球に問題がなかったらスイッチとかコードに問題がないのか、っていうのを調べれば良いっていうのは、なんとなく分かりますよね。意識障害っていうのは脳のライトがつかないような状態なので、脳(電球)に問題がないかみて、そこに問題がないようであれば上行性網様体賦活系(スイッチ&コード)に問題がないか調べれば良い、というのがハッキリとしたんです。
アイウエオチップスは脳の電気が消えたとき、「停電か?」「ブレーカーが落ちたか?」「誰かが線を抜いたか?」と可能性をモレなく疑うための手順書です。この手順書に従って確認していく事で、脳の電気を再びONにすることが医療現場の最終ゴールです。当時、救急外来で意識障害を診療した私は、電気がつかなくて困っているご家庭に、手順書も持たずに手ぶらで出向いてきた電気屋のようなものだったんですね。五臓六腑がじわじわと焦げるような、苦い羞恥が胸を満たしていくような感覚とでも言いましょうか、今思い出しても身の縮む思いでいっぱいになります。
季節が冬へと向かうこれからの時期、万が一目の前で誰かの電気が消えてしまうようなことがあれば、そのときは、今や手順書を完璧に叩き込んだ私が、全力でそのスイッチを押しにいきますので、ご相談下さい。