止まった……。いや、動いたんだ!|にじいろファミリークリニック|東村山市久米川町の内科・循環器内科・泌尿器科

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止まった……。いや、動いたんだ!

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2026年4月28日

止まった……。いや、動いたんだ!

こんにちは。にじいろファミリークリニック、安田です。

動悸でご相談いただく患者さんのおよそ半数で、何らかの不整脈が症状に関係しています。ですので、「動悸があった」という相談であれば不整脈を探すのですが、「動悸がしている」という相談であれば来院いただいた後に心電図検査をしていただければ、犯人である不整脈がつかまる事が多いです。

不整脈の治療には欠かせないのが電気ショックの機械です。電気ショック治療は、知らない人が聞けばギョッとするかもしれませんが、実際は薬が使えないような弱った患者さんへ対しても安全に迅速・確実な治療を行えるという素晴らしいメリットがあり、私は好きです。私たちの身近でも、AEDという電気ショック治療機器が置いてあるのが当然となってきています。

このAEDが真価を発揮するのは「心室細動」という不整脈が発生した直後です。心臓は規則的に収縮・拡張を上下順番に行う事でポンプとして働いているのですが、心室細動時は細かく波打つように揺れ動いているだけなので、まさに心臓は止まっているのと同じ状態となります。

ですが、よくよく考えれば、よくもまあ痙攣している心臓に電気を流そうなどと考えたものです。

医学や生命に電気活動が関係している事が知られたのは1780年頃です。この頃には生命のエネルギーの源として「動物電気」という電気活動があると考えられていました。1818年に出版された有名な「フランケンシュタイン」にも、「infuse a spark of being into the lifeless thing(=命なき物に生命のスパークを注入する)」という一説があり、これは当時の動物電気的内容に影響をうけたものだそうです。

19世紀に入ってからは、電気技術が実際の医療行為に応用されるようになってきて、麻痺や痛みの治療として「電気療法」が流行し、医学と電気の関係性に関する研究も盛んに行われるようになりました。心室細動が初めて記録されたのもこの頃で、1842年にイギリス人医師であるジョン・エリクセン先生によって初めて観察されました。ショッキングな内容ではありますが、この実験は犬の心臓血管を糸で縛り、疑似的な心筋梗塞を起こす事で心室細動を起こすというものでした。

その後、1850年にはドイツ人医師のカール・ルートヴィヒ先生によって、心臓に電気刺激を与える事で意図的に心室細動を起こせる事が証明され、カール・ルートヴィヒ先生の弟子であるジョン・A・マクウィリアム先生が突然死の主な原因が心室細動であることを指摘しました。これによって、突然心臓がバラバラに震えだす「心室細動」は一度起こればそのまま死に至る病として、多くの人から恐れられ、同時に多くの科学者がこれに対する血眼の研究を始める事となったのでした。

そしてついに、狂ったように心室細動の研究をしていたスイス人医師で生理学者である

ジャン=ルイ・プレヴォ先生が、電気刺激によって心室細動が止められる事を発見しました。電気刺激はたとえ弱くても心室細動を起こすため、当時は「凶器」として危険視されていたものの、さらに強い刺激を起こす事で”リセット”するように心室細動を止められる事がわかり、この発見は活気的なものでした。しかしプレヴォ先生が証明した「電気で死を追い払える」というニュースは当時の医学界では残酷な実験として冷遇され、いわゆる「早すぎた予言」としてすぐには受け入れられませんでした。

プレヴォ先生の理論が実際に人命を救ったのは発見からなんと48年後となる1947年の事です。当時、アメリカ人外科医であったクロード・ベック先生も、プレヴォ先生と同じように心室細動という研究テーマにとりつかれた一人でした。ベック先生は若い頃、手術中に起きた心室細動によって患者の少年が亡くなってしまう経験をしました。これに関して、後の新聞記事のインタビューで「その経験は私の中に穴をあけた(burned a hole in me)」と語っており、この強い後悔が彼の研究の原動力でした。ベック先生は心室細動の事を、「死ぬには惜しい心臓(Hearts too good to die)」と表現しました。これは、「心臓自体はまだ十分に機能する能力を持っているのに、電気的な混乱だけで命が失われるのはあまりに惜しい」という意味です。

心室細動の研究に没頭したベック先生はプレヴォ先生の研究をもとに、密かに電気ショック機器を自作していました。そして訪れたXデー、ベック先生が漏斗胸(肋骨の形が大きく変形し、心臓を圧迫してしまう病気です)の手術を終えかけたその時、悪夢の心室細動が目の前で再び起こったのです。

当時の電気ショック機器は今でいう冷蔵庫くらいの大きさで、ベック先生はこの電気ショック機器が手術室に運び込まれる約1時間、ずっと患者の心臓を直接手で掴んで心臓マッサージしていました(開胸心臓マッサージと言います)。この電気ショックは記録上、3回行われています。1度目、2度目のショックでは、心臓の痙攣が止まることはありませんでした。そして、その場の全員が息を飲んで見つめる中、3度目のショックを行い、そこで「心室細動が止まった」のです。正確に言うと、「心臓が動き出した」のです。その患者さんは、後遺症なく退院しました。

このニュースは瞬く間に世界に広がり、後の科学者達の試行錯誤は電気ショック機器を小型化し、さらにショックの要・不要を機械が勝手に自動解析できるようにして、ついには音声ガイダンスまでつけてくれました。

現在のAEDは奇跡を日常にする希望の箱なのです。

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