2026年8月04日

こんにちは。にじいろファミリークリニック、安田です。
地域によっても異なりますが、8月といえばお盆の時期ですよね。旧暦の7月15日に合わせる旧盆や新暦の7月15日に合わせる新盆もあり、東京などの都市部では新盆で行われる様ですが、全国的には8月に行う「月遅れ盆」が一般的な様です。
お盆時期の先祖へのお供え物ランキング上位にあるものとして、「おはぎ」がありますね。集まって咲く「萩の花」に見た目が似ているという事で「おはぎ」と呼ばれますが、同じようにふっくらとした形が「牡丹の花」にも似ているので「ぼた餅」などとも呼ばれます。
「棚からぼた餅」っていう表現があり、アレは「棚の下で寝ていたら、上の棚から偶然ぼた餅が落ちてきて、そのまま開いた口の中に入った」という、江戸時代のラッキーを語源としたもので、努力なくして良い結果や利益を得るという意味のことわざです。初めてこの表現を知った時、「果たして棚のぼた餅が偶然落下してくる事などあるのか?」ですとか、「風とか建付けの影響で落下してきたのであれば食器も落下してくるのではなかろうか?」ですとか、「ぼた餅くらいの重量があるものが一般的な棚の高さから口へ落下してくる事が本当にラッキーなのだろうか?」といった疑問は私も感じましたし、未だに納得がいっていませんが、この表現をした作者はきっと甘党なんだろうな、くらいの解釈でどうにか自分をごまかしています。
最近では単に「思いがけない幸運が舞い込んでくること」を「棚ぼた」なんて言ったりしますが、医学の中にも「棚ぼた」的な出来事っていうのがあります。
イギリスにファイザーっていう製薬会社があります。もう医学の世界では超有名な会社で、コロナワクチンである「コミナティ」とか、肺炎球菌ワクチンである「プレベナー」とかを作ってる会社です。循環器領域だと血圧を下げるための「ノルバスク」とか、コレステロールを下げるための「リピトール」っていうのを作ってて、リピトールは世界で最も売れた医薬品と言われています。ですが、この会社の超絶メガヒット薬品はワクチンでも心臓の薬でもなく、勃起不全治療薬である「バイアグラ」です。
1990年代前半、ファイザー社の研究チームは、狭心症の特効薬を開発するために尽力していました。人の体内で一酸化窒素が発生すると血管を拡げる「サイクリックGMP(cGMP)」っていう物質が作られて、血管がガバって拡がります。なので、体内で一酸化窒素に変化する「ニトログリセリン」っていう薬は狭心症の治療薬として一般的だったりします。このcGMPは「PDE5」っていう物質によって分解されちゃうので、このPDE5を邪魔すれば血管が拡張してイイ感じに狭心症が良くなるんじゃないかな~って開発されたのがPDE5阻害薬である「シルデナフィル」というものでした。
シルデナフィルが作られてから、いざ実際の患者さんに試してもらう臨床試験(治験)が行われたんですが、そうするとビックリするくらい狭心症が良くなりませんでした。開発者達は総辞職しなくちゃいけないくらい開発プロジェクトは盛大に失敗したのです。
そしてこのプロジェクトも終了が見込まれた時、治験を担当していた看護師が、ベッドの男性患者たちの「ある異変」に気づいて、開発責任者へ不思議な報告したそうです。この異変というのが、「病室に行くとなぜか多くの男性患者さん達が恥ずかしそうに、うつ伏せで横たわっている事」、「治験が中止になったのに男性患者さん達が薬を返してくれない」というものでした。この後、開発者達が患者さん達に理由を問い詰めたところ、彼らは「下半身の元気が、20代の頃のように大爆発している事」を白状してくれたわけです。
実は、心臓の血管にはPDE5がほとんどありません。ですので、PDE5阻害薬としての効果は心臓には現れなかったんですね。しかし一方で、PDE5は陰茎海綿体に圧倒的に集中していたんです。ですので、シルデナフィルは男性の下半身に未曽有の元気さを発揮させる結果になりました。ちなみに陰茎海綿体以外に肺血管にもPDE5は多く存在しますので、シルデナフィルは「肺高血圧」とよばれる病気でも治療効果を発揮します。
この経緯をうけて、ファイザー社は「心臓の薬としてはゴミだが、これは全人類の男性を救う世紀の発明になるぞ……!」と確信して、いっきに方向転換して「狭心症治療」から「勃起不全治療」へと目的を変更して研究を再開しました。そして1998年、「バイアグラ」としてアメリカで発売されると瞬く間に世界中で爆発的な大ヒットを記録する事となり、「巨大なぼた餅」が落ちてきたという事です。バイアグラというのは「生命に不可欠な」という意味の「VITAL(バイタル)」と力強さの象徴である「NIAGARA(ナイアガラの滝)」という言葉を合わせた造語です。
1998年から1999年にかけて、日本にバイアグラが上陸した際、日本で承認されるまでに要した期間は6カ月でした。当時、外国の新薬が日本で承認されるのに必要な期間は大体数年~10年程度でしたため、異例のスピード承認でした。承認後には正式に病院での処方が始まり、全国の泌尿器科クリニックでは、これまで見たこともないような長蛇の列ができたそうです。ちなみに、この薬が適応となる保険適応病名は単なる勃起不全ではなく、あくまで「男性不妊」ですので、子孫繁栄のための治療薬となっております。
脈々と広がる命の枝葉を、ご先祖さまも目を細めて見守っておらるのでしょうか、などと考えながらぼた餅でも供える事にしましょう。