2026年4月14日

スーパーの鮮魚売り場ではカツオがすでに並び出しておりました。
カツオの旬は春・秋の2回ですが、3月から5月のこの時期は「初ガツオ」と呼ばれ、秋の「戻りガツオ」に比べてさっぱりとした赤身が特徴的であり、黒潮にのって北上してきた壮大な回遊を思い起こさせてくれます。
江戸時代には「女房を質に入れても」と言われるほど初ガツオは粋で人気な食べ物であったそうです。初物を食べると寿命が75日延びるという考え方があり、これは宗教的なものではなくトレンドやブームに近しい考え方であったのですが、江戸時代の人は結構ミーハーでもあったので、この考え方は定番となっていったのです。
昔の日本では梅雨も一つの季節として考えられており、すると1年が5つの季節によって分けられており、1シーズンが約75日に相当したので、このような考え方になったそうです。確かに、「人のうわさも75日」などとも言いますよね。
しかも、カツオに関しては食べれば10倍の750日寿命が延びるなどと言われ、「カツオ→勝男」に通じる点も江戸人のハートにぶっ刺さり、メチャメチャ縁起の良い食べ物という扱いを受けていました。まあ、これに関しては諸説あります。
たしかに、初ガツオには骨や筋肉に必要なたんぱく質・ビタミンD・マグネシウムはもちろん、お肌や髪の栄養となるビタミンB2・B6・銅、シミやくすみ予防となるナイアシン・ビタミンE、むくみ・疲労の回復作用のあるカリウム・タウリンが含まれており、健康や美容にとても良い魚と言えます。特に注目したいのは、カツオに含まれるヘム鉄とビタミンB12です。
カツオに含まれる鉄分のほとんどが「ヘム鉄」と言われる成分です。鉄分にはヘム鉄と非ヘム鉄があるのですが、これは「ポルフィリン環」という構造をもつか持たないかの差です。ヘム鉄はポルフィリン環という輪っかにFe2+(2価鉄イオン)やFe3+(3価鉄イオン)が包まれている状態で、非ヘム鉄はFe3+(3価鉄イオン)がそのまま存在するような状態です。
ヘム鉄には専用の入り口であるHCP1(プロトン共役型葉酸輸送体)があるので、体内への吸収がとてもスムーズです。
しかし、非ヘム鉄には専用入口はありませんので、小腸にあるDMT1(2価金属輸送体1)という入口から吸収されます。これは文字通り「2価金属」の入り口なので、Fe3+ですと通過できません。Fe2+は周囲の物質と反応性が高いのでFe3+で安定化させていたのですが、これを吸収前に還元反応と呼ばれる化学反応によってFe3+→Fe2+へと変化させて、これでDMT1を通過しようとします。ですがDMT1はカルシウム等の他のミネラルも通過する入口なので、他ミネラルと競合する事で吸収が遅くなります。そうこうしているうちに、お茶やコーヒーに含まれるタンニンや豆に含まれるフィチン酸とFe2+が結合すると、そもそも吸収できない塊になってしまい、結果的に便になって外へと出ていく事になります。
ポルフィリン環というスーパーカーに乗って来たヘム鉄さん達には顔パスで専用VIP入口が用意されているのです。しかし、徒歩で来てしまった非ヘム鉄さんは一般入場口に他のミネラル達との列に並ばなくてはいけず、そればかりか列に並んでいるとタンニンやフィチン酸に声を掛けられ、簡単に連れ去られてしまう、という事です。結果的には鉄が不足し、これによって鉄欠乏性貧血と呼ばれる病状へと進行してしまう可能性があり、注意が必要です。
貧血に対して鉄の補給が有効である、という事実に人類が気づいたのは、なんと約2400年前です。当然その時代に血液に鉄分が含まれている事は分かっていなかった(はず)なのですが、やはり天才でお馴染みのヒポクラテスが鉄を補給する事で貧血が改善する事を知っていたのです。
当時の古代ギリシャでは、鉄は武器の材料であり、強さの象徴でした。このため、貧血によって青白く、ふらついている人はこの強さにあやかるために剣を浸したワインを飲んだのでうす。すると、ワインに含まれる酸によって溶けだした鉄を摂取する事となり、貧血の人たちは皆元気になっていきました。これを見ていたヒポクラテスは「はは~ん、さては鉄がイイ感じだな~?」という事に気が付いていたらしく、貧血に対する鉄摂取の有効性がヒポクラテス全集には記載されています。
血液に鉄分が含まれているという科学的事実はヒポクラテス時代から約2000年経過した18世紀の事です。イタリア人医師のメンギーニが、人の血液を燃やした後の灰に含まれる一部の粒子が磁石に引き寄せられる事を発見し、これを証明しました。メンギーニ先生もすごい!と思うのですが、ヒポクラテスは別次元です。彼は如何に科学に「観察力」が必要であるか、という事を思い知らせてくれます。
鉄分不足が原因である鉄欠乏性貧血が発症する割合は男女比で1:5〜6となり、圧倒的に女性で発症しやすい事で知られています。女性は月経や妊娠・出産などを経験し、鉄の需要が増えるためで、例えば40歳代の女性では2人に1人が貧血や貧血予備軍であるとも言われています。
貧血に関しては鉄以外にもビタミンB12や葉酸(ビタミンB9)、銅や亜鉛・セレン等が関与し、これらの材料の過不足以外に血液そのものの産生力や寿命など、様々な要因が関係しますので、まずはどういったメカニズムで貧血になっているかの検査が必要です。貧血かも?と思った人は、まず検査の相談にいらっしゃって下さい。
江戸時代の日本人もカツオを縁起物とする点に関してはイイ線いっていたのですが、美容と貧血に効果てき面なカツオは、本来は質に入れた女房に食べさせてあげるべきだったのでしょう。